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2019/7/11

本格的商品広告の先駆けは「森下仁丹」

第三章 広島人はなぜ、グローバルな発想が得意なのか
広告・宣伝の力 初めての試みもためらわず、お金も糸目をつけない

岩中祥史「広島の力」(青志社)より

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 ほかにもユニークな広告・宣伝はさまざまあったかもしれないが、日本でその先鞭をつけたのは、明治期から太平洋戦争が始まるころまで活躍した、広島県とも(現福山市)出身の森下博というのが定説である。

 森下博の名前には首をかしげても、「森下仁丹じんたん」といえば、知らない人はいないだろう。いまの若い世代には「仁丹」を口にしたことなどないという人のほうが多いかもしれないが、名前くらいは聞いたことがあるはずだ。その「仁丹」の宣伝で、森下は「日本の広告王」と呼ばれた。

 そこで、森下仁丹の公式ホームページにある「歴史博物館」の内容を参考にしながら、その生涯と「仁丹」の歴史、また広告・宣伝の具体例を追ってみよう。

 1869年、鞆の沼名前ぬなくま神社の宮司ぐうじの家に生まれた森下は、父親がタバコの製造販売に転業したため、学校を辞めさせられタバコ商の見習奉公に出される。

 森下はのちに、奉公した先の近所に住んでいた学校の先生にこのとき勧められて読んだ福澤諭吉の『學門ノスゝメ』がその後の人生に大きな影響を与えたと振り返っている。

 だが、ここで早くも、森下の父親に「広島」が見て取れまいか。神社の宮司とタバコの製造販売というのはいかにも結びつきにくい。いまほどタバコが社会から敵視されていたわけではないが、それにしても……という気がするのだ。 当時の日本はまだ刻みタバコが主で、煙管きせるに葉を詰めて吸うスタイルがほとんどだった。一方、西欧ではすでに紙巻タバコの時代に入っており、それを口にするのはハイカラの象徴であった。

 そうした中、薩摩(現鹿児島県)出身の岩谷松平いわやまつへいは東京・銀座に「薩摩屋」を開き、故郷の特産品の一つとして、国分こくぶの刻みタバコを「薩摩煙草」として販売していた。そして1884年、「天狗たばこ」という名で紙巻きタバコの販売を始める。

 詳しくは拙署『鹿児島学』に記したが、岩谷は、″大安売りの大隊長≠ニ名乗り、軍服を模した真っ赤な衣装に身を包んで街を練り歩きながら宣伝に努めた。また、引札ひきふだ(広告チラシ)、看板、新聞広告などありとあらゆる手段を駆使しながら、紙巻タバコの普及を図った。

 それが功を奏してか、1880年代後半に入ると、第3回内国勧業博覧会で岩谷の出品した紙巻タバコが有功賞三等を獲得。さらに、宮内庁から恩賜おんし(天皇から賜ったもの)タバコの製造を委託されるなど、紙巻たばこ「天狗たばこ」の名は広く知れわたるようになったのだ。

 森下の父親がタバコの製造販売に転じたのは1878年ごろ。岩谷による空前の「紙巻タバコ」キャンペーンが始まったのは、その6、7年後である。

 父親を亡くした森下がひとり大阪に出たのは1883年、15歳のときだった。この時代、中学生くらいの年齢で親もとを離れるのはけっして珍しいことではなかった。

 心斎橋しんさいばしの舶来小物問屋に丁稚でっち奉公に入り、そこで10年間勤め上げる。主人から別家べっけ(商家の奉公人が主人から許されて独立すること)を許されて結婚、1893年、24歳のときに淡路町あわじまち(大阪市中央区)に念願の薬種商「森下南陽堂」を興した。

 妻と従業員2人の小さな店だったが、志は大きく、「原料の精選を生命とし、優良品の製造販売」「進みては、外貨の獲得を実現し」「広告による薫化益世くんかえきせいを使命とする」という経営方針を掲げる。

 奉公の間、森下が岩谷のすさまじいまでの紙巻タバコ販売キャンペーンの話を聞いたのは十分想像がつく。もちろん、尊敬する福澤諭吉が説いていた新聞広告の重要性も頭に深く刻まれてはいただろう。そして、それを余すところなく実証する格好の例として岩谷の大成功を受け止めたのではないだろうか。


岩中祥史(いわなか よしふみ)
 1950年11月26日生まれ。愛知県立明和高校から東京大学文学部に進み、卒業後は出版社に勤務。1984年より出版プロデユーサーとして活動するとともに執筆活動も。地域の風土と人々の気質との関係をテーマに、『名古屋学』『博多学』『札幌学』『鹿児島学』『新 不思議の国の信州人』『新 出身県でわかる人の性格』『名古屋の品格』『城下町の人間学』など著書多数。2011年の上梓した『広島学』はご当地広島の人たちをも驚かせる内容で、ベストセラーになった。


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