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2018/9/13

ひたすら縁起にこだわった備後「福山」の地名 岩中祥史「広島の力」(青志社)より

第一章 広島人はなぜ、屈託のない性分なのか
ハンディをバネにする力/鯉の力 意外に粘っこい広島人

 名は体をあらわすということわざがある。物や人の名前は、その性質や本質を的確に示していることが多いといったような意味だが、これは地名についても当てはまる。

 いちばんわかりやすいのは「東京」だ。それまで「江戸」と呼んでいたのを、明治維新のあと都を移したために東の京都(=都)=Aつまり「東京」と呼ぶことになった。

 それ以前も、地名に縁起のいい意味を持たせようと、大名が城を築くときなど、もともとの地名を変更することはけっして珍しくなかった。

 たとえば、広島県東部(備後地域)の中心都市・福山もそうである。

 現在福山城のあるあたりは、蝙蝠山こうもりやまと呼ばれる小さな山であった。

 「蝙蝠」は、魑魅魍魎ちみもうりょうにも打ち勝つので、「幸せを呼び、魔をける」という意味が込められている。家にみつくと縁起がいい、二匹いるとさらに幸運を呼び込み、五匹だと「五福」といって、「寿、富、康寧、攸好徳、考終命」を象徴するとされる(『書経』洪範)。「寿」とは長生きすること、「富」とは生活に困らないこと、「康寧」とは健康でいられること、「攸好徳」とは徳を積む生き方ができること、そして、「考終命」は天命をまっとうできることという意味である。そのため、蝙蝠の紋様は中国人がもっとも好むとされている。

 長崎カステラの老舗・福砂屋ふくさやンの商標に描かれているのも蝙蝠だが、これも、蝙蝠が慶事、幸運のしるしとして中国で尊重されていることにちなんだものだ。

 また、蝙蝠は逆さまにぶら下がっていることから、蝠=福が落ちてくることを願い、春節(旧正月)になると、「福」 の字を逆さまにした赤い札(「倒福」と呼ばれる)が家々に飾られる。切り絵の中にも同様のものがある。

 さらに、中国語では、蝙蝠の「蝠」の字を「福」と同じく「フー(fu’)」と発音するので、これまたおめでたいとされている。

 江戸時代、この地に城を築くにあたり、初代藩主・水野勝成かつなりも、蝙蝠にまつわるそうした言い伝えを踏まえ、蝙蝠の「蝠」の虫ヘンを示ヘンに変え「福」とし、「福山」と名付けたという。

 大名たる者、また藩主となる者にとって、地名はこのように深い意味を持つ。自分のもとに数百、数千の家臣がおり、さらにその下に数千、数万という農民がいる。多くの人々を治める自分の住まう城がある場所は、やはり縁起のいい名前であってほしいという、素朴な願いがあったとしても不思議ではないだろう。

 福山市の市章が蝙蝠をかたどったデザインになっているのも、こうした由来に基づいている。明治時代初期の箱館はこだて(函館)戦争のとき、福山藩はこれとほぼ同じ図柄を染め抜いた旗を掲げて参戦している。


岩中祥史(いわなか よしふみ)
 1950年11月26日生まれ。愛知県立明和高校から東京大学文学部に進み、卒業後は出版社に勤務。1984年より出版プロデユーサーとして活動するとともに執筆活動も。地域の風土と人々の気質との関係をテーマに、『名古屋学』『博多学』『札幌学』『鹿児島学』『新 不思議の国の信州人』『新 出身県でわかる人の性格』『名古屋の品格』『城下町の人間学』など著書多数。2011年の上梓した『広島学』はご当地広島の人たちをも驚かせる内容で、ベストセラーになった。


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