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2018/8/9

ジイジ・バアバ、パパ・ママへ贈る

心のめばえ アヤと過ごすジイジの日記 <4>

著者/牟田 泰三
挿絵/橋本 礼子

心の理論

 思いやりという情動は、他者にも心があることに気付くことから始まる。しかしその前に、先ず自分が心を持っていることに気付かねばならない。幼児はいつ頃どうやって自分の心というものに気付くのであろうか。嬉しいとか悲しいとかの自分の情動から自分が感情を持った存在であることを意識するに違いない。本人はおそらくこんなことを意識していなくても、意識下で(暗黙知として)そのような認識が生まれているはずだ。そうして、気が付かないままに、考えるという行動を起こしている。その証拠に、二つの違ったお菓子を見せて「どっちが好き?」と聞くと、「うーん」と考えながら一方を選ぶ。こうして、「心」ということばを知らなくても、「心」と呼べるような存在に徐々に気付いていくのであろう。

 他者を思いやるという行動は、自分に心があるのと同様に他者も心を持っていることを認識し、その心の働きを推測することに他ならない。こんなことを考えていたある日のこと、ある心理学者から、心理学に発達心理学という分野があって、乳幼児期から老齢期までの精神的変化や成長に関する研究が進められているということを教えてもらった。その中でも、特に幼児の心理に強い関わりを持つ分野が近年注目されていて、「心の理論」というのが研究の対象になっているのだそうだ。

 これを聞いたとき、私は、「心の理論」というのは、人の心について研究する理論のことだと勘違いしていた。実はそうではなくて、人はそれぞれ頭の中に「心」というものについての考え、すなわち「心の理論」を持っていて、これをもとにして他者の心について推測しようとする、ということだと知った。人は、その「心の理論」に従って、他者も心を持っていて、その心がどう働くかによってどういう行動をするのかを推測している、というのである。そうだ、これこそ私が「思いやる心」について考えていたことではないか。これから先、「心の理論」をもとにしてアヤの心の発達を観察していこうと考えるようになった。

 「心の理論」という用語をもっと明確に定義しておこう。「心の理論」とは、ヒトが、他者の心の状態を、自分の心の働きを手本にしながら推測する心の機能のことである。

 「心の理論」という用語は、もともと、米国のプレマックとウッドラフという二人の研究者が、チンパンジーの行動を追跡研究したときに用いたことから広まったものである。彼らは、チンパンジーが、その仲間が感じたり考えたりしていることを推察しているかのような行動をとることを発見し、その論文の中で「心の理論」という機能が働いているからではないかと指摘した。一九七八年に発表されたその論文の表題はずばり「チンパンジーは心の理論を持っているのだろうか?」となっている。

 人は勿論この能力、すなわち「心の理論」を持っているから、他者にも心が宿っていると考えることができ、他者の心の働きを理解し、それに基づいて他者の考えを推察したり行動を予測したりすることができるのである。他者への思いやりという行動は、その人が、心の理論に基づいて、他者も心を持っていることを認め、同情することである。

 プレマックとウッドラフの研究に端を発して、「心の理論」に関する研究はヒトの心の働きに関する研究としても急速な進展を遂げ、幼児の心の発達に関する研究や自閉症に関する研究などで大きな成果をあげている。


プロフィル むた・たいぞう

 1937年、福岡県生まれ。九州大学理学部卒業、東京大学大学院物理学専攻修了、理学博士。京都大学助手・助教授、広島大学教授・学長、福山大学学長などを歴任。主な著書に「語り継ぎたい湯川秀樹のことば」(丸善出版)、「電磁力学」(岩波書店)、「量子力学」(裳華房)などがある。東広島市在住。


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